2011年3月11日、東日本大震災が発生しました。
毎年、この時期、テレビなどで取り上げられますのであの時のことを思い出します。
私は当時の職場の事務所があったビルの地下3階で仕事中でした。
2010年10月に子宮筋腫核摘出手術を受け、療養後、12月1日に職場復帰をしたのですが、その月の半ばに腸閉塞で再入院。
年末に、やっと自宅に戻って2011年1月から仕事を再開してしばらくのことでした。
子宮筋腫の術後は、開腹手術だったためちょっとした道の段差を避けるためにも、傷口の痛みをかばおうとしてバランスを崩してしまうので、歩くことにもとても慎重になり、得意の自転車も禁止されていましたが、比較的元気だったと思います。
しかし、腸閉塞の後は、体重がかなり激減し(1週間ほどで入院時にはいてきたジーパンがボタンもファスナーも閉じたまま脱ぐことができるくらい)、腸に負担をかけないため食べることも制限されていてとても体力の衰えを感じていました。
そんな状態でしたので、職場のPCのモニタ画面を見ていたのですが、画面がゆらゆら揺れて、今度は自分の頭の中に異変が起こったと思ってしまったのです。
隣の席の同僚に、
「私、今度はちょっと頭がおかしいみたい。くらくらする…」
と言うと、その人も、
「私もです。」
すると、斜め向かいの席の人も、
「私もおかしい…」
そこで、もしかして、これは体に起こった異常ではなく地震?とみんな思ったんです。
地下で地震に遭遇したことが初めてだったのでわからなかったんですね。
そして、これが東北地方で起こった地震だということを知り、PCのモニタ画面に映し出される映画の一場面のような津波の様子を、今、現実に起こっていることだとは信じられない思いで見てました。
隣の席の人は、大阪には珍しい福島県の出身の人で、ご両親やご姉兄は、県外で暮らしておられたのですが、おじいさんおばあさんが残られているということでした。
福島でも中通りいう地域で津波の被害はないようでしたが、みんなで心配していました。
その時点では、原発のことがまだわからなかったのですが、そのあと、東電の原発事故が発生。
風評被害やいじめの問題などまだまだ解決できない深刻な問題があり、いったいどうしたらみんなが幸せに暮らすことができるのか…
私は、市場に出回っている食品などは安全だと信じているので福島の牛肉や三陸産のわかめなどを購入しています。
今日も、テレビで、福島産のお米は放射能の全量検査をして出荷していると言っていました。
全量検査をすることはとても大変なことだそうですが、個人が身内に引き渡すものも含めて全量検査を行っておられるそうです。
元の地域に戻る戻らない、戻りたくても戻れない、いろんな選択肢があると思いますが、それぞれの人が納得できる道を選べるといいなと思います。
それは、とっても難しいことだと思いますが。
そして、これは、けっして他人ごとではないと時々思い出し、普段から備えることを忘れてはいけないのですね。
日本に住んでいる限り、地震が起こることはどこにいても避けられませんから。
そう思うと、普段から身の回りの持ち物を減らし、部屋をきちんと片付けておかなければならないなと思いました。
持ち物が少なければ、被災しても失うもが少なくて済み、揺れによって室内に物が散乱する被害も軽減できるはずです。
今、阪神大震災クラスの地震が起これば、部屋中に物が散乱し大変なことになってしまいます!
我が家は、一度、地震の影響を受けていますので、今度は家自体が持たないかもしれません(>_<)
教訓としてできることを今すぐ、実践するために、今日もほんのちょっぴりですが、片付けを行っていこうと思います。
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